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角突きのミカタ

角突きをもっと深く見よう − 角突きの次第について

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第4回 牛と人との共同作業 − 牛と勢子の技

鼻綱が抜かれるといよいよ角突きの始まりである。鼻綱が抜かれると同時に相手に駆け出すもの、相手の様子を見ながら静かに頭を合わせるもの、その戦いへの入り方は牛それぞれである。勢子の出す「ヨシター!」という掛け声は「よくやった」という意味である。上手い勢子は「声で牛を動かす」といわれ、絶妙なタイミングで声を出し、牛を加勢づける。勢子の声に威勢づけられた牛は突撃を繰り返し、あるいは、柳のように相手の攻撃をいなしつつ、的確に相手の急所を角で捉える。牛同士のぶつかり合う低く鈍い音、角が交錯する甲高い音、そしてこれを応援する勢子の声が場内に響き渡る。

さて、両牛ともに死力を尽くして戦い、観客席からも「分けれやー!」との声がちらほら聞こえてくると、いよいよ「引分」である。角突きは両牛に「勝ち負け」をつけず、人力でもって対戦中の両牛を引き離し、これを「引分」とする点に特徴がある(角突き以外の日本の闘牛の多くが、「逃げたら負け」の方式を採用しており、「勝ち負け」をつけている)。ゆえに牛に対する明示的な格付けも無い。これは、「勝ち負け」をつけることで牛が互いの強弱を認識しまうと、負け牛が角突きへの意欲をなくしてしまう為である。もちろん、牛持ちたちが自らのかけがえの無い財産であり生活の伴侶でもある牛を大切に扱いたいという深い思いもある。いずれにしても「引分」は角突きを長く楽しむために二十村郷に培われてきた智恵であろう。ただし「引分」は牛の強弱を否定しているわけではなく、取組によっては牛の強弱が衆目の目に明らかになることもある。そして、角突きに関わる者の間では牛の強弱が概ね共有されており、長年にわたり取組の上位に位置する牛は「横綱牛」と形容されることが多い。

引分のタイミングは勢子長と呼ばれる勢子の責任者によって決められる。勢子長が片手を挙げれば、それが引分の合図となる。ただし、彼はただ機械的に時間を見計らって、引分の合図を送っているわけではない。角突きは「引分」とされるだけに、両牛共に死力を尽くして戦い、どちらとも甲乙つけがたい取組を最上とする。ゆえに、勢子長は両牛の戦いぶりをよく見て、両牛共に力を出し尽くしこれ以上の展開が見られない、一方の牛がもう少し攻勢をかければ互角の勝負になる、または、これ以上戦うとどちらの牛が危険な状態になるなど様々な条件を考慮した上で、引分の合図を送っている。「引分」は長年にわたり角突きを見てきた勢子長の深い牛への理解があって初めて可能になると言えよう。

さて、勢子長が片手を挙げるのを合図として、いよいよ「引分」に入る。「引分」の所作では勢子の一連の澱み無い共同作業が重要である。お互いの「綱かけ」同士が「足掛け綱」を掲げて綱かけの合図をし、対戦中の両牛に後から近づき、その後足に同時に綱かけをする。次いで、綱かけが伸ばした足取り綱を多くの「綱ひき」で引っ張り、牛の動きを止める。そして、牛の動きが止められている間に、数人の勢子が牛の頭部に殺到し、牛のアゴの下から足を入れて頭部を上に向け、その間に「鼻とり」が牛の鼻の穴に指を差し込んで牛の顔を上げる。鼻の穴は牛の急所であるため、ここを捉まれるとさっきまでの興奮が嘘のようにおとなしくなり、あとは素直に人間のなすがままとなる。両牛の鼻が取られた時点で取組終了である。ちなみに、足を取られていてもなおも相手に向かおうとする牛は「綱意地が良い」と言われ、その勇猛さを賞賛されることが多い。 「引分」以前の角突きが「牛対牛」であるならば、「引分」以降の角突きは「人対牛」であり、角突きはこの二つのハイライトから成り立っている。特に「引分」は短い間に一気に行なわれるため、何が起きているのかが一見してわからないかもしれない。しかし、注意深く見ていただければ、その洗練された勢子の所作がわかると思うし、鼻をとった後の勢子達の充実した笑顔に万感の思いを感じてくれることと思う。牛の鼻が取られたら、死力を尽くして戦った牛に、そしてこれを分けるために奮闘した勢子達に万雷の拍手でその健闘を称えて欲しい。

(文責:渡邉敬逸)
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