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牛の角突きを知る

角突きをもっと深く見よう - 角突きの次第について
第1回 牛と人 - 登場人物

牛持ちは文字通り牛の持ち主であり、かつて、牛持ちの多くは重立(おもだち)や旦那(だんな)と呼ばれる集落の富裕層であり、角突牛をもっていることは富や名誉の象徴でもあった。もちろん、現在の牛持ちは決して富裕層と呼ばれるような特別な存在でもなく、牛飼いとは別に一般的な仕事に従事する者である。彼らは牛飼いとは関係の薄い一般的な仕事に従事し、その生活の中で牛の世話に日夜没頭している。そして、かつての牛持ちの多くが壮年層であったのに対し、現在の牛持ちの半数は若年層に占められている(こうした若年層の牛持ちは同時に勢子でもある)。全国的に多くの伝統行事がその後継者不足に喘ぐ中、角突きが若者中心に担われている点はその大きな特徴であろう。また、数代にわたって横綱級の牛を飼ってきた牛持ちは「厩柄(うまやがら)が良い」と形容されることがある。これは、強い角突牛を持つことがある種の社会的象徴であった頃の名残ともいえるかもしれない。

次に、勢子は角突きの際に牛持ちと牛とを応援する役割を担う者である。勢子は慣習的に牛持ちと同集落、または血縁筋の若者達に担われており、この点は今も昔も変わらない。牛持ちと牛の応援だけではなく「綱かけ」、「鼻とり」、「綱ひき」、「綱もち」、「牛曳き」、「鼻綱もち」などもまた角突きに欠かせない勢子の重要な役割である。ご存知のように角突きは全ての取組を「引分」としており、これは勢子達の協力が無ければ不可能である。後述するように、引分の際にはまず「綱かけ」が牛の後足に綱をかけ、そして「綱ひき」が「綱かけ」がかけた綱を引っ張り、牛の動きを止め、その間に「鼻とり」が牛の急所である鼻を素手でつかみ、牛をおとなしくさせる。こうした一連の勢子達の共同作業があって初めて「引分」が可能となっているのである。素手で荒れ狂う牛に対峙するだけあって、勢子は怪我を負うことも少なくない危険な役回りであるが、その勇猛果敢な所作は角突きの花形でもある。

角突きに用いられる牛は「赤牛」と呼称される褐色の肌を持つ「南部牛(日本短角牛)」である。南部牛は伝統的に岩手県南部地方で育成されており、近世以降の二十村郷はこれを移入し、労役用に飼養してきたという歴史をもっている。この点が現在も角突きに反映されており、牛の多くが南部地方生まれの南部牛である。もちろん、現在では南部牛ばかりではなく「黒牛」と呼ばれる「黒毛和種」も散見できるものの、これらの多くもまた南部地方生まれである。依然として南部牛と南部産の牛が多い点は角突きの一つの特徴である。初見者にとっては、どの牛も同じように見えるかもしれないが、顔つき、体つき、角っぷりは個々の牛で大きく異なる。一見しただけで角突牛を峻別できるようになれば、立派な「角突きマニア」であろう。

第2回 取組を決める - 取組審議会

さて、取組の次第の解説に入る前に、これから目の前で繰り広げられる取組がどのように決められているのかを見てみよう。 実は1960年代末頃まで,角突きの取組は当日その場で決められていた。というのも、牛持ち間の連絡手段が貧弱な時代、どれくらいの牛が集まってくるかは当日に場所を開いてみなければわからなかった為である。当日に集まった牛を見て、牛持ちや勢子が一番づつ取組を協議し決めていた。牛持ち誰もが強すぎる牛とは組みたくないし、かといって弱い牛と戦って自らの牛の格を落としたくもない。そのため、この取組決めは難航することが多く、時には喧嘩や口論の種となっていた。そして、牛同士が戦う時間よりも、取組を決めるために勢子や牛持ち達が口泡飛ばしていた時間の方が多いことも多々あったという。

しかし、こうした煩雑な取組決めでは当日の次第に支障が出るということで、1970年代からは事前に「取組審議会」を開催し、そこで取組を決定するようになっている。通常、取組審議会は角突き開催週の火曜日20時より行なわれる。出席者は取組審議委員と呼ばれる数集落毎に選出される牛持ちである。彼らは事前に自分の担当する集落の牛持ちの対戦希望(どの牛と対戦したいか)を集約しており、それを他の審議委員の集約した対戦希望と付き合わせることで取組を決めている。形が変わったとはいえ、牛持ち誰もが自分の望む取組を組みたい、そして審議委員もその望みを出来る限り叶えてやりたいという人間の思いは変わらない。牛持ち同士の希望が全く重複せずに、すんなりと全取組が決定するということは、まず無く、一頭に対し五、六頭もの対戦希望が重複することはざらである。

 

ゆえに、かつてのような喧嘩口論には至らないものの、取組審議会が白熱して深夜にまで及ぶことは少なくない。観客達の手元にある一枚の取組表には、こうした牛持ち達の熱い思いが込められているのである。 基本的に角突きの取組順は相撲と同様である。つまり、最初が「芝ならし」とよばれる若牛同士の取組で、取組が進むにつれて強豪同士の取組となる。特に「中締め」と呼ばれる中盤の休憩以降には、角突きの将来を担う中堅級の牛が多く出場し、さらに「終い三番」と呼ばれる最後の三取組では横綱級の牛同士、または中堅級の牛が横綱級の牛に挑戦する好取組が組まれている。

 

角突きを骨の髄まで楽しみたいのであれば、最後まで見物していくことを強くお勧めしたい。また、どの取組が注目の一戦かを手っ取り早く知るには、地元の人に聞くのが一番早い。適当な人を見つけて声をかけて聞いてみよう。どの人もまるで自分の牛のことのように嬉々として教えてくれるはずだ。

第3回 いざ出陣!-出場祝いと土俵入り

角突きが行なわれている間、もし時間があれば,溜場(牛を繋ぎとめておく場所)へ足を運んでみよう。そこでは土俵上で繰り広げられる光景とはまた異なる光景が見られるかもしれない。それが牛の土俵入り直前に見られる出場祝いである。出番が近づいてくると、勢子達が三々五々と二手に別れて溜場に向かい、そこで出番を待つ牛と牛持ちとを囲んで出場祝いをする。出場祝いには二つの意味がある。一つは牛持ちが勢子に対し「綱かけ」、「牛曳き(馬子)」、「綱ひき」などを成功裡に行なうようにお願いすることである。二つは出場前に集まった皆で景気づけをして勝利を願うことである。

勢子達が集まってくると、牛持ちは鼻綱を解き易いように結びなおし、面綱(相撲の化粧回しに相当する頭部の装飾物)をつけていない牛にはこれをつける。そして、おもむろに家からもってきた日本酒を開封し、まず牛の尾から頭の方に向けて背中にかけ、残った酒を「綱かけ」、「牛曳き」、「綱ひき」の順に牛持ちの手ずから回し飲みさせてゆく。「牛曳き」とは土俵入りの際に牛を曳き回す者であるが、これは牛持ち自身がやる場合と勢子の内の若い者に任せる場合がある。また、「綱かけ」に一番最初に酒を回すことには意味がある。なぜなら「綱かけ」はそのタイミングや成功・失敗によって角突きの「出来栄え」を強く左右する。出場祝いにみる「綱かけ」の位置づけから、いかに彼らが角突きにおいて重要かつ責任ある役割を担っているかが分かると言えよう。

出場祝いが終わると、杭や立木に結んでおいた曳き綱を解き放ち、牛曳きに引かれた牛を先頭に勢子達がこれに続いて角突き場へと向かう。土俵入りである。角突き場へ入場する際には、勢子達の「ヨシター!」の声援にあわせて入場するのが通例である。牛曳きは角突き場の入り口から駆け足に場内に入り、曳き綱を地面につけずに牛を場内に曳き入れ、これを曳き回す。牛の曳き回しは右回りで行なわれることになっているが、これが上手くできる勢子や牛持ちの所作は実に「粋」である。入り口の対角線上まで来ると曳き綱で牛を手繰り寄せ、曳き綱と面綱を外し、これを勢子に託す。曳き綱と面綱を託される勢子は「綱もち」と称される。「綱かけ」等と同様に、これも角突きの重要な道具である曳き綱と面綱を角突きが終わるまで責任もって預かる重要な役回りである。曳き綱と面綱を外した後に、鼻綱も解き、もう一方の牛の土俵入りが終わるのを待つ。

もう一方の牛も土俵入りを済ませたら、お互いに牛の進行方向右側から鼻綱を持って土俵の中央に牛を近づけていく。両牛が充分に接近し、呼吸が合ったところで同時に鼻綱を抜き取り、上空に高く放り上げる。これが牛と観客ともに角突きの開始を知らせる合図であり、鼻綱の抜き方次第で勝負が決まることも多いという。

第4回 牛と人との共同作業 - 牛と勢子の技

鼻綱が抜かれるといよいよ角突きの始まりである。鼻綱が抜かれると同時に相手に駆け出すもの、相手の様子を見ながら静かに頭を合わせるもの、その戦いへの入り方は牛それぞれである。勢子の出す「ヨシター!」という掛け声は「よくやった」という意味である。上手い勢子は「声で牛を動かす」といわれ、絶妙なタイミングで声を出し、牛を加勢づける。勢子の声に威勢づけられた牛は突撃を繰り返し、あるいは、柳のように相手の攻撃をいなしつつ、的確に相手の急所を角で捉える。牛同士のぶつかり合う低く鈍い音、角が交錯する甲高い音、そしてこれを応援する勢子の声が場内に響き渡る。

さて、両牛ともに死力を尽くして戦い、観客席からも「分けれやー!」との声がちらほら聞こえてくると、いよいよ「引分」である。角突きは両牛に「勝ち負け」をつけず、人力でもって対戦中の両牛を引き離し、これを「引分」とする点に特徴がある(角突き以外の日本の闘牛の多くが、「逃げたら負け」の方式を採用しており、「勝ち負け」をつけている)。ゆえに牛に対する明示的な格付けも無い。これは、「勝ち負け」をつけることで牛が互いの強弱を認識しまうと、負け牛が角突きへの意欲をなくしてしまう為である。もちろん、牛持ちたちが自らのかけがえの無い財産であり生活の伴侶でもある牛を大切に扱いたいという深い思いもある。いずれにしても「引分」は角突きを長く楽しむために二十村郷に培われてきた智恵であろう。ただし「引分」は牛の強弱を否定しているわけではなく、取組によっては牛の強弱が衆目の目に明らかになることもある。そして、角突きに関わる者の間では牛の強弱が概ね共有されており、長年にわたり取組の上位に位置する牛は「横綱牛」と形容されることが多い。

引分のタイミングは勢子長と呼ばれる勢子の責任者によって決められる。勢子長が片手を挙げれば、それが引分の合図となる。ただし、彼はただ機械的に時間を見計らって、引分の合図を送っているわけではない。角突きは「引分」とされるだけに、両牛共に死力を尽くして戦い、どちらとも甲乙つけがたい取組を最上とする。ゆえに、勢子長は両牛の戦いぶりをよく見て、両牛共に力を出し尽くしこれ以上の展開が見られない、一方の牛がもう少し攻勢をかければ互角の勝負になる、または、これ以上戦うとどちらの牛が危険な状態になるなど様々な条件を考慮した上で、引分の合図を送っている。「引分」は長年にわたり角突きを見てきた勢子長の深い牛への理解があって初めて可能になると言えよう。

さて、勢子長が片手を挙げるのを合図として、いよいよ「引分」に入る。「引分」の所作では勢子の一連の澱み無い共同作業が重要である。お互いの「綱かけ」同士が「足掛け綱」を掲げて綱かけの合図をし、対戦中の両牛に後から近づき、その後足に同時に綱かけをする。次いで、綱かけが伸ばした足取り綱を多くの「綱ひき」で引っ張り、牛の動きを止める。そして、牛の動きが止められている間に、数人の勢子が牛の頭部に殺到し、牛のアゴの下から足を入れて頭部を上に向け、その間に「鼻とり」が牛の鼻の穴に指を差し込んで牛の顔を上げる。鼻の穴は牛の急所であるため、ここを捉まれるとさっきまでの興奮が嘘のようにおとなしくなり、あとは素直に人間のなすがままとなる。両牛の鼻が取られた時点で取組終了である。ちなみに、足を取られていてもなおも相手に向かおうとする牛は「綱意地が良い」と言われ、その勇猛さを賞賛されることが多い。 「引分」以前の角突きが「牛対牛」であるならば、「引分」以降の角突きは「人対牛」であり、角突きはこの二つのハイライトから成り立っている。特に「引分」は短い間に一気に行なわれるため、何が起きているのかが一見してわからないかもしれない。しかし、注意深く見ていただければ、その洗練された勢子の所作がわかると思うし、鼻をとった後の勢子達の充実した笑顔に万感の思いを感じてくれることと思う。牛の鼻が取られたら、死力を尽くして戦った牛に、そしてこれを分けるために奮闘した勢子達に万雷の拍手でその健闘を称えて欲しい。

第5回 緊張のほぐれる時 - 退場

さて、鼻を捉まれると、先ほどまでの興奮が嘘のように、牛はおとなしくなる。鼻を取った勢子は「鼻綱もち」から新しい鼻綱を受け取って結びなおし、これを曳き綱と結びつける。また、面綱がある場合はこれも付け直し、土俵入り時と同じ様相になってから、これを牛持ちに引き渡す。

曳き綱を受け取った牛持ちは、健闘を尽くした我が愛牛を称えてもらおうと、入場のときと同じように曳き綱を伸ばして、これを曳き回す。牛の優しい顔と牛持ちの満面の笑顔に、出場祝いの時や取組中とはまた違った緊張のほぐれた表情が浮かんでいることがわかると思う。力を尽くして戦った牛とこれをわが子のように育ててきた牛持ちに盛大な拍手を送って欲しい。

両牛ともに退場しようとする中で、再び勢子達は足早に溜場へ向かう。次の出場を待つ牛の出場祝いがすでに始まっているのである。一つの取組が終わろうとするなかで、また新しい取組が始まろうとしている。

第6回 終わりに

以上、牛持ち、勢子、牛を中心とする角突きの次第を解説したが、もちろん角突きは何も彼らだけがいれば出来るわけではない。周りを見回していただければわかると思うが、角突きは実に多くの人のかかわりの中で支えられている。

本部席から事の次第を見守る親方衆、取組の度に軽妙な解説を加える解説者、受付やその他の雑用を一手に引き受ける女性陣、勢子や牛持ちの家族、そして観客席から勢子や牛に向けて声を飛ばす二十村郷の住民や観光客のみなさん・・・様々な人々の様々な関わり方の中で角突きは生かされている。

角突きをただの「牛同士の戦い」としてみるのではなく、その裏にある牛と人との関わり方、牛と角突きとの関わり方にも目を向けていただければ、もっと角突きを深く、面白く見ることができるはずである。

(文責:渡邉敬逸)